「渡邉先生、フランス語できるなら、UIAの大会行ってみてくださいよ」
「あー、あの英語、フランス語、スペイン語が公用語っていう団体の大会ですよね。確かに興味はあったんですよ」
平成30年5月某日、場所は札幌の居酒屋。
私は、北方圏交流委員会という主としてロシア極東部の弁護士、弁護士会との交流窓口となる委員会の勉強会に参加後、懇親会にも参加していた。
冒頭私にUIA(Union Internationale des Avocats。国際弁護士連盟の意味。)の大会参加を勧めたのは札幌弁護士会所属のN弁護士である。N弁護士は、ロシア案件にも強い関心を有している。
「渡邉先生って、何期でしたっけ?」
「63期ですね」
「登録から10年未満でしたら、確か若手弁護士に対する費用補助制度の対象になったはずですよ」
「あれ、いくら出るんでしたっけ?20万円くらい?」
「あー日弁連の会員サイトにははっきり書いてなかったですね」
「じゃあ、函館に戻ったら日弁連の国際課に早速問い合わせてみます」
翌日、私は事務所のパソコンを立ち上げ、日弁連の若手弁護士を国際会議に派遣する制度を紹介するサイトを開いた。問い合わせ窓口とされている電話番号に電話をかけてみる。
「すみません、函館弁護士会所属の渡邉祐亮と申しますが。ええ、若手会員の国際会議派遣事業で、UIAポルト大会派遣の場合、いくらぐらい費用補助が出るか伺いたくてですね…、なるほど…20万円で、航空券、大会登録費用含めて超過分は私が負担と…ご教示ありがとうございます。申請と審査にあたって必要な書式等はございますか?…あ、メールでいただけるということですね。ありがとうございます」
続いて、UIAのサイトで、参加登録費を確認する。
基本の参加費用は1000ユーロ、ネットワーキングランチ50ユーロ、ガラディナー160ユーロ…
結構するな…。1ユーロ130円として、15万円強といったところか。他往復の航空券代、宿泊費を考えると30~40万円が総費用となりそうだった。
事務机の横のカラーボックスに目をやる。そこには、つい数日前すべての演習問題を解き終えた「Practice Makes Perfect Complete French Grammar」というMcGraw HillEducation社が英語話者向けに作成したフランス語ドリルが入っていた。
日本語で書かれたフランス文法書も持ってはいたものの、「次の和文をフランス語に直しなさい」というくだりで挫折を繰り返していた。
一方で、この文法書は、次の英文を仏文に直しなさいという形式だったので、心理的抵抗をあまり感じることがなく、ようやく一冊の文法ドリルを上げることができた。
学生時代は、合計で14単位もフランスの文献講読に費やしたにも関わらず、接続法のニュアンス、単純過去のニュアンス等々全く理解しないまま、漫然と単語を日本語に置き換えて並び替えるだけだった。
それが、この文法ドリルのおかげで、ずいぶんと改善されていた。
「まあ、ホセにも会えるかもしれないし、一つポルトガルへ行ってみるか」
一度決断すると、私は結構行動派である。その日のうちに、申請用紙を書き上げて、函館弁護士会の推薦を取り付けた。
その後、日弁連の事務総長名義で、私に参加費用補助を行う旨の通知が来た。
こうなるともう後にはひけず、ポルトガルに向かうしかない。
早速航空券の予約を検討する。直行便がない。
格安航空券だと、最安値で8万円という価格設定もあったが、北京、ドバイ等々を延々と経由したあげく、「別途航空会社の指示する手数料が発生する可能性があります」というただし書がよろしくない。
結局、成田・マドリード往復の航空券を約12万円で購入。
その後、パリ弁護士会の研修中一時トルコにバックレるために利用したエクスペディアというサイトを利用し、ポルトのホステル6泊及びマドリード・ポルト間の航空券込みで3万円というパックを購入した。
ポルトとマドリードは世界地図だとすぐそこのように見えるが、実は東京函館間くらいの距離がある。飛行機を乗り過ごすなどして帰国できなくなったら最悪である。大会期間の前後合計3日間の余裕を持たせた日程を設定した。
その後、私は、東京で同期が開業した法律事務所へ移籍するため、北海道がブラックアウトに襲われる中、地獄の引っ越し作業に追われるはめになり、しばらくUIA大会のことは忘れ去っていた。